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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2962号 判決 1972年11月20日

昭和四六年(ネ)第二九六二号事件

控訴人 株式会社常陽銀行

右訴訟代理人弁護士 山根篤

同 下飯坂常世

同 海老原元彦

同 広田寿徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

昭和四六年(ネ)第三二五三号事件

控訴人 石塚文吾

右訴訟代理人弁護士 桜井清

昭和四六年(ネ)第二九六二号第三二五三号両事件

被控訴人 金子有成

右訴訟代理人弁護士 増淵俊一

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

昭和四六年(ネ)第二九六二号事件控訴代理人及び同年(ネ)第三二五三号事件控訴代理人はいずれも原判決中各控訴人に関する部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、右両事件被控訴代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠は以下に付加する外は原判決中被控訴人と各控訴人とに関する部分の事実摘示と同一であるからそれをこゝに引用する。(但し原判決の引用にかゝる訴状の請求原因三の二行目の「第二の(2)乃至(4)」を「第二の(2)ないし(5)」と訂正する。)

各控訴代理人は(一)、被控訴人及びその代理人平山健一、同今西茂は訴外寺平に本件不動産を売渡した際寺平に所有権移転登記をなすために登記委任状、印鑑証明書、権利証などの登記関係書類を交付しており、残代金は約束手形で受取ったもので所有権移転登記をする意思を有していたものであり、右寺平への所有権移転登記は有効である。(二)、仮りに代金全額の支払を受けなければ移転登記をしない意思であったとしても既に関係書類を任意に交付した以上善意で寺平の所有と信じて買受けたその後の所有権取得者に対しては民法第九四条第二項により所有権移転を否定することはできない。而も平山、今西、古田らは寺平が本件不動産を自己の名義にした上第三者に担保に供することを明示又は黙示に許容していたものであるから寺平に所有権が移転していなくとも善意の根抵当権者である控訴人常陽銀行に対して寺平への所有権の移転の否認を同控訴人に対抗し得ないものというべきである。(三)、控訴人常陽銀行が本件土地の権利関係の調査の際被控訴人は寺平に売却したことを言明したものでそれを信頼して根抵当権を設定した同控訴人に対して根抵当権の設定登記の抹消を請求することは禁反言の法理又は信義則に反して許さるべきでない。(四)、本件不動産は寺平から大豊産業株式会社、吉沢一を経て控訴人石塚に所有権が移転されたものである。(五)、本件不動産が元被控訴人の所有であったこと、被控訴人主張の寺平からの解除、損害賠償の訴のあったことは認めると述べ、

被控訴代理人は(一)、被控訴人は本件売買契約書(乙第一号証)を作成した古田に対して売却の代理権を与えたことはない、(二)、寺平は昭和四七年八月一四日被控訴人に対し債務不履行を理由に解除の意思表示をなし、損害賠償の訴訟を提起した。(三)、控訴人ら主張の寺平以後の所有権移転の事実は争わないと述べた。

証拠<省略>。

理由

被控訴人主張の本件不動産が元被控訴人の所有であったことは当事者間に争いない。

被控訴人は本件不動産について訴外寺平進に昭和四二年九月一三日付で売買による所有権移転の登記がなされているが売買によって所有権を移転したこともなければ所有権移転登記を承認したこともない旨主張し、控訴人らは真実売買がなされ所有権が移転した旨主張するのでその点について判断する。

<証拠>を総合すると次の各事実が認められる。

(1)、被控訴人は昭和四二年八月頃家屋新築の資金を得る目的でその所有の本件不動産を売却することを考え、これを妻の父平山健一に一任したところ平山は知合の辰己観光株式会社の代表者今西茂にそのあっせんを依頼し、同会社の専務取締役古田由男もこれに関与し、右三名のあっせんで同年九月八日平山方で訴外寺平進に代金七〇〇万円で売却する旨の契約がなされ、同日二〇〇万円と一〇〇万円の寺平興業株式会社代表取締役寺平進振出の約束手形二通(満期一〇月三一日と一〇月三〇日)が被控訴人の代理人平山に交付され、その頃同人より被控訴人に渡され、残金は一二月中に支払う旨が約されたこと。

(2)、被控訴人は金員の入手が目的であり、売却の件は平山を信用して一切これにまかせており、買主は誰でもかまわず、代金も六〇〇万円以上であればその差額は平山その他の仲介人に与えてもよい考えであったので、現金と二〇〇万円の手形を受取る前後頃に権利証、委任状、印鑑証明書等の所有権移転登記に関する書類一切を同人に交付したこと、尤も移転登記は代金が完済されたときにする意思であったこと、

(3)、寺平は被控訴人から買受けたものの当時その代金を支払う資力もなく、元元転売する意思で買受けたところから平山から受取った権利証等所有権移転登記に関する書類一切を大豊産業株式会社に渡して同社から二〇〇万円を借受けてそれを代金の内金二〇〇万円として平山に交付したこと、

(4)、寺平は同月一三日大豊産業株式会社と話合の上平山から受取って同社に交付していた関係書類を利用して先ず自己に所有権移転の本登記をなした上同日所有権を同社に譲渡することとし、その旨の移転登記をなしたものであること、

(5)、平山や同人と協力して寺平への売却をあっせんした今西、古田はいずれも寺平が本件不動産の所有権移転登記の本登記をなすことを承知の上で関係書類を平山から寺平に渡したもので、被控訴人の意思に従って代金完済までは本登記をしないことを寺平に要求したことはなく、特に代金完済まで所有権留保の特約をなしたこともなかったこと、

<証拠>によると寺平又は今西、古田から被控訴人に対して登記に関する書類を一時預った旨の預り証を、又今西から平山に対して今西茂名義仮登記手続及び中間金二〇〇万円の支払のため預った旨の預り証を交付している事実が認められるけれども、前記平山、古田、今西、寺平の各証言、被告寺平の本人尋問の結果(但しいずれもその一部)を総合すると、本件不動産は被控訴人が六〇〇万円を入手すれば所有権を譲渡してもよい意向であったところから、被控訴人の代理人平山からその旨を聞いた今西、古田、寺平らが、それぞれの思惑で、本件不動産の売却に関与したもので、一時は先ず今西が買主になろうとしたこともあり、結局前認定のように、寺平を経て大豊産業株式会社に所有権が譲渡されたもので、前記各預り証はそれぞれの立場から預り証の形式で作成交付されたものにすぎず、特に被控訴人宛の預り証は被控訴人が要求して作成したものではなく、被控訴人は平山に本件不動産の売却を一任していたので、今西、古田、寺平らとは本件売買に関して一度も面談したこともないことを認めることができるので、前記各書証は前記認定を覆すに足らず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

以上、認定の事実から判断すると被控訴人と寺平との間に本件不動産の売買契約は有効に成立したものというべく、売主の被控訴人は代金完済までは所有権移転の本登記をなす意思はなかったけれども、前認定のように、契約締結の際、特に所有権留保の特約がなされたことはなく、売買契約の締結に当った被控訴人の代理人平山は買主である寺平に所有権を移転し、その旨の登記がなされることを承知の上で関係書類を寺平に交付したため、同人に所有権移転の本登記がなされたものであるから、本件不動産の所有権は被控訴人から寺平に適法に移転したものと解するのが相当で、所有権移転の本登記も適法というべきである。

そして本件不動産について寺平から大豊産業株式会社、吉沢一を経て控訴人石塚に所有権の移転がなされたことは被控訴人も争わないところであり、原審における控訴人石塚の本人尋問の結果により真正に成立したものと認める丙第一、二号証及び右本人尋問の結果によれば、控訴人石塚は吉沢の所有となった本件不動産を同人の所有と信じて本件不動産を買受けて、被控訴人主張のとおりその旨の登記をなしたものであることが認められ、又成立に争いない乙第四号証、原審証人沼田勝三の証言によると、控訴人常陽銀行は吉沢の所有となった本件不動産を同人の所有と信じて本件不動産に被控訴人主張のとおりの根抵当権を設定してその旨の登記をなしたものであることが認められる。従って控訴人らの所有権取得の登記及び根抵当権の登記はいずれも有効というべく、被控訴人の控訴人らに対する各登記抹消を求める請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

よって右と趣旨を異にし被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は失当であるから原判決を取消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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